大戸の祖先達が残した貴重な文化遺産の野仏。次世代の人たちに引き継ぐことが出来れば

野仏の解説

題目法塔・名号塔

RIMG0148-1.jpgむずかしい仏教の教えは庶民には、朝・夕で理解することは不可能なことである。ただ「南無阿弥陀仏」を唱えればだれでも極楽往生うたがいなし、と説かれた法然や親鸞の教えが、たやすく庶民にひろまったことは当然である。「南無」とは帰命・帰依することをいう。
この名号塔は浄土真宗の高僧であった徳本行者の書にもなるものが、町田市内に数基ある。この徳本行者は紀伊(和歌山県)の人で二七歳で出家し、ただ念仏を唱えて四方を回り、寛政六年(一七九七)には京都の遺蹟を遍歴して、帰って古城山に閑居した。文化一四年(一八一七)に芝増上寺典海上人の請(こい)によって東国を化導して文政元年(一八一八)六一歳で世を去っている。
町田市にも足跡を残したものであろう。
題目法塔「南無妙法蓮華経」は大乗仏教の経典名の一つであるが、特に法華宗(日蓮宗ともいう)のお題目といって、ただ一心に南無妙法蓮華経を唱え奉れば諸難消滅し来世は極楽浄土するという日蓮の教えにもとづいて造塔されたものである。町田市には十三塔たっている。

題目法塔(だいもくとう)は、「南無妙法蓮華経」と刻まれた、鎮魂を目的とする供養塔である。