相原の歴史・観光

金比羅宮・地蔵

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場所 中相原真米バス折り返し場裏
昔、この地で旅人が重い病で無くなり、持ち物の中に金比羅宮のお札を持っていたので祠を作り、お札と共に手厚く葬った
いつしか祠を人々が金比羅様と云うようになり、真米の人々により供養されてきました。

場所 金比羅宮覆屋内
(1791)寛政三年十一月十一日
本体A面 金毘羅大権現安鎮
  B面 寛政三年十一月十一日
寸法 本体(47+3)*20*15
   台座12*24*24
山型角塔

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地蔵

場所 金比羅宮(左側)
(1769)明和六巳丑稔正月二十四日
本体A面 (右)明和六巳丑稔正月二十四日
     (中央)(◯梵字の地蔵)地蔵立像を刻す。
     (左)◯空木元露身善女
寸法 本体36*20*4
舟形
ひるこ参道のつげ巻地蔵(説明板による)
このつげ巻地蔵は三堂谷戸(真米トンネルの南東)に修験堂坊の尼寺があり、この尼寺の面影を残す参道につげの木の巻付いている地蔵さまを、東京家政学院大学の設立により、この地に移された

   平成十四年四月八日 真米溝中

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おさる様

場所 金比羅宮

年号 なし

本体 地蔵立像

寸法 本体 54*26*15

   台座(1)8*30*23

     (2)11*42*42

おさる様(説明板による)

昔、昔、その昔、今の水子地蔵様と同じような意味を持った地蔵様で、いつしか、おさる様と呼ばれていた。

昭和の時代に都道の改修によってここに移された。

平成十四年四月八日   真米溝中

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